落ちこぼれ医学生の英語勉強記録

医学部5年生になって英語の必要性をようやく理解したド阿呆です。このままじゃやばいと気づき、遅ればせながら勉強を開始いたしました。生暖かい目で見守って下されば幸いです。

プロローグ ~絶望的な英語力と逃避の5年間~

広いホール、薄暗い灯り、沢山のギャラリー。

2つのモニターがステージ上に並び、中央には演台がある。

モニターにはPower Pointで作ったスライドが表示されており、演台に立つ私は原稿を必死に追いながら、メチャクチャな発音の英語で話している。

この時、私はアメリカのとある学会で分不相応にも発表していたのだ。

 

10分ほどの時間が経ち、支離滅裂とした発表が終わる。

司会者の女性はやれやれといった具合でマイクをとった。

”Any questions or comments ?”

一人の男性が立ち上がり、場内のマイクの前に立った。

"〇▽〇××◆〇◇..."

おそらく質問なのだろう。

しかし、何も聞き取れていない私にできることなどほとんどなかった。

それでも必死に話した。

無我夢中で何か答えなければと、もはや英語なのか何なのか分からないような発音だったと思うが私は答えた。

終わった時、質問者の男性はもうマイクの前にはいなかった。

 

”Thank you for your presentation.”

 

拍手が起こる。

それまでの人生で最も心を抉られる拍手だった。

ごまかしてきた不勉強の報いだった。

 

それでも、ここで反省し勉強していれば、私は今より少しはマシな人間になっていただろう。

そうしなかったのだ。

趣味を充実させたい、CBTの勉強が忙しい、OSCEの練習もしなきゃ、実習が始まったばかりで不慣れで大変だ、学生の内にゲームもしたい......

そうやって、あの日の演台から1年以上逃げてきてしまった。

本当はしっかりと受け止めて味わって飲み下さなければいけなかった敗北、劣等感、屈辱から逃げてしまったのだ。

 

よくよく考えてみれば英語の勉強から逃げていたのは、5年前晴れて医学部に入学できた時からだった。

医学は日本語でしっかり学べばいい。

国試に受かって医師として必要になったら英語を勉強すればいい。

留学なんてほとんど遊びに行っているようなものだろう?

そんな愚かなことを考えて今この醜態だ。

 

学生レベルであれば医学は日本語で学べる。

しかし、医学のアップデートは常に英語で行われる。

医師になった後に勉強できる人もいるだろう。

だが、一番暇な学生の時にすら英語の勉強を続けられなかったような人間に当てはまる話ではない。

留学に行った人たちは確かに異文化を楽しんでいた面もあるだろう。

それでも、留学に至るまでの勉強や留学後の苦労は大変なものだっただろうし、何より挑戦すらしていない私が吠えていい台詞じゃない。

 

医学部5年の9月。

英語の勉強を始めるには遅すぎるかもしれない。

でも、残された人生で最も早い時間は今なのだ。

そして今始めなければ、あの演台で味わった地獄にリベンジできる可能性は0になる。

「チャレンジするのに遅すぎることなんてない」と言う人もいるかもしれないが、人生には絶対的な分岐点が必ず存在する。

そこを過ぎたらやり直しがきかない、そんな分岐点がある。

おそらく今が私にとって英語という分野における最後のチャンスだ。

 

始めよう。

あの日を取り戻すんだ。